生きることと死ぬことは同じこと
こんばんは☺️
きろんのブログに
お越しくださり
ありがとうございます。
還暦を過ぎた頃から
「死」ということを意識するようになった。
長年看護師をしていて
死にゆく患者さんの多い病棟だったせいもあり
若い頃から
何百人もの患者さんの看取りを経験した。
そういう意味では
死は特別なものではなく
日常だったから
あえて死について特別なものと考えてはいなかった。
でも、看取りや緩和ケアや死についての学習は
日頃から研修という形でたくさん考えていたけど。
でも今改めて
自分の言葉で
自分の頭で
死ということについて
考えているということは
状況が違ってきたせいかな。
知識や経験で死を受け止めるのと
自分のこととして
死にゆく自分を想像してみるのとは違う。
当たり前のことだけど
当たり前じゃない世界で生きていた。
病院で働く看護師のよくある話ではないのかな
認知症でも同じことが言えるのかもしれない。
日頃、認知症の利用者をお世話していると
認知症は
特に改めてびっくりすることでもなく
関わりにも自然と接することができることが多い。
でもひとたび
自分の家族が認知症になったら
1から勉強しないといけないくらい
初めてのような感覚になる。
職場という組織で
死や認知症に日々関わっていると
関われてしまっている。
職業としてとか他人だからとか
使命感だからというのもあるのかもしれない。
それでも
若い頃でも今でも
患者さんの死や
認知症の利用者さんとの関わりに
心を痛めることが多い。
年齢のせいなのか
死というものや認知症が
身近になったぶん強く影響される。
若い頃も
患者さんの死に直面して
涙をポロポロ流していたけど
今の心の動揺とはまた違う。
もっと深くて
もっと身近で
切なくて
悲しくて
尊くて
生きることを考え直しながら
人の死に関わっているような気がする。
昔読んだ本の中に
生きることと死ぬことは同じこと、と
主人公が話していた場面がある。
生きたまま夫と別れてしまい
その後も心のどこかで
思い続けていた主人公の深い胸の中から出た言葉。
その夫と再会し
また昔のように時間を過ごすことが許されないと
わかった時に出た言葉。
私はこの言葉の意味が
本を読みながらわからなかった。
正直言って
今でもあまりわかっていない。
最近
死ということを考えるようになって
この言葉の意味を
自分の中ではっきり分かりたいと
思うようになった。
漠然とはわかる。
なんとなくはわかるけど
こういうことなのかーって腑に落ちるように
分かりたいと思いようになった。
死はスピリチャルなものだから
本来は言葉ではっきりとした意味づけは
必要ないのかもしれないけど
これからの人生を考え直し
生き方の方向性を立てていくには
この言葉の意味が
私には大きな鍵になっている。
65歳からの人生が
私にとってのクライマックスであり
本来の価値を持ち
真の姿となる。
私の星を読んだ時
それは確かにホロスコープに映し出されていた。
人それぞれ違うから
65歳が若いのか老いなのかわからないけど
私にとっては
人生は65歳から、と言える。
だから
生きることは死ぬこと、の意味が知りたくなった。